今回は少しプライベートな話、私自身の生い立ちについて書いてみようと思います。
誰にでも、大人になった今だから話せることってありますよね。私にとってはまさにこれがその一つです。
進路はいつも「親の意向」が最優先だった
私が育った家は、正直なところかなり厳しい家庭でした。何をするにも、自分の意思よりも親の意向が優先される。そんな環境で育ちました。
例えば高校選び。私はとにかく計算が苦手だったのですが、
「姉が通っていたから」という理由で、姉と同じ高校に行くように言われました。
自分の得意不得意は関係なく、姉と同じ道を選ばされたのです。
進路もそうでした。私には
「美容師になりたい」という夢がありました。
でも、いとこと姉が保育士をしているという理由だけで、
「お前も保育士の学校に行きなさい」と言われ、結局その通りにするしかありませんでした。
短大を出て保育士になったけれど
親の言う通り保育士の短大に進学し、卒業後は保育士として働きはじめました。でも、もともとなりたかった仕事ではなかったこともあり、長く続けることはできませんでした。
それを知った親からは、
「大学まで行かせたのに、何にもならなかった」と言われました。
今思えば、そりゃそうだよねと少し笑えるくらいですが、当時はやっぱり重く響く言葉でした。
今は、自分のやりたいことを応援してくれる旦那と
そんな私も今は結婚し、旦那は私を自由にさせてくれる人です。
「これをやってみたい」と言うと、
否定せずに誉めて応援してくれます。このブログを始めたのも、そんな自由な環境があってこそだと思っています。
だからこそ、子どもたちには「自分の好きなようにきめていい」と伝えている
自分自身が口出しされながら生きてきたからこそ、子どもたちには進路も就職先も、自分の好きなように決めていいと伝えています。
ちょうど今、子どもが就職試験を控えているところです。
親の意向ではなく、自分自身の意思で選んだ道を、しっかり応援してあげたいと思っています。
おわりに
親の言う通りに生きてきた過去は、正直なところ心残りもあります。
でも、その経験があったからこそ、今は自分の意思を大切にできているし、
子どもたちにも同じ思いをさせたくないと強く思えるようになりました。
「なおこの遅咲き奮闘記」というタイトルの通り、これからも自分らしいペースで、やりたいことに挑戦していきたいとおもいます。


コメント